Bài tập đọc hiểu tiếng Nhật trình độ N1 - 敬語で説く日本の平等・不平等

penguin20110

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原日本人の境界認識として、ウチ・ソト認識の外側にヨソという世界がある。ウチ=自分中心の仲間、ソト=その外側の関係ある世界、ヨソ=無関係で無視できる世界、というわけである。昔の人はウチのものには親しみのあるくだけた言葉を使い、ソトのものには敬語を使い、ヨソのものとはコミュニケーションせずに無視した。同じ電車に乗り合わせた乗客は何も問題が起こらなければ無視できる(  ア  )であるが、話をしたり文句を言ったりするような関係が生じた時点で(  イ  )のものになる。

今の日本人の礼儀語不足は、ウチ・ソト・ヨソ認識に狂いが生じたことが原因と考えられる。ヨソのものがソトのものになっているのに、態度や言葉は依然としてヨソ扱いのままなのである。大学の教授が授業中の学生の私語に業を煮やしているが、今の学生にとって教授は自分と関係のあるソトの人間ではなく、自分と無関係なヨソの人間なのである。だから、電車の中で友人と話すのとまったく同様に、①授業中声を潜めるでなく、友人と会話ができる
(浅田秀子「敬語で説く日本の平等・不平等」より)​
・業を煮やす(ごうをにやす):異なった文化に接した時に受ける精神的な衝撃。
・声を潜める(こえをひそめる):心が広くて、善悪の区別なく受け入れる。

問1 ア、イに入る語の適当な組み合わせはどれか。
1 ア:ヨソ イ:ウチ
2 ア:ヨソ イ:ソト
3 ア:ソト イ:ウチ
4 ア:ソト イ:ヨソ
問1 ①「授業中声を潜めるでなく、友人と会話ができる。」とあるが、それはなぜか。
1 今の学生にとって、教授は尊敬の対象ではなくなったから。
2 今の学生にとって、教授の話より友人との会話の方が大切だから。
3 今の学生にとって、教授は友達と同じ対等な存在と考えているから。
4 今の学生にとって、教授は自分と無関係な存在と考えているから。
 
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